第三の役たたず

第三の役たたず (知恵の森文庫)

第三の役たたず (知恵の森文庫)

真剣で愛すべき、確信犯であるがしかし胸も張らぬ、ただ、淡々と役たたずであり「はからずも」優秀な、あるいは、優秀であるがために「はからずも」役たたずとなった、ある意味役たたずで在ることを戦い続け、ついには社会的発言力すら持ち、あげく、時のカリスマにまでなってしまったという、頼もしいマットーな役たたずがいる。

松尾スズキがさまざまな「役たたず」にインタビューをしかける。この「役たたず」というのは、基本的に世の中の役にたたないことをやっているんだけど、でもなぜかその「役にたたないこと」が世の中の人々に評価され、それなりに名声を得てしまっているという、ある意味強い「役たたず」であるらしいです。そんな強い「役たたず」のことを「第三の役たたず」と表現しているようです。

具体的には、庵野秀明天久聖一根本敬鶴見済といった人々が「第三の役たたず」と認定され、インタビューを受けています。初版には町田康へのインタビューも掲載されていましたが、文庫版ではカットされているそうです。

私としては、「強い」人よりは「弱い」人へのインタビューを読んでみたかったです。この本に登場する人たちは確かに「役たたず」でありながら、実は「強い」という人たちばかり。逆に、インタビューを行っている松尾スズキは「弱い」人だという気がして、だから松尾さんの語り自体は面白いと私は思いました。

ここで私がいう「弱い」というのは、ただ「弱い」という意味ではなく、「役たたず」でありながら世の中でそれなりの地位を築いているけど、でもやっぱり「弱い」というような人ですね。松尾スズキは、まさに私のいう意味で「弱い」人にあたります。松尾さんの経歴と私の経歴がどこか似ているように思うせいか、松尾さん自身のいうことにはいろいろ共感しますね。

しかし、庵野にせよ、天久にせよ、根本敬にせよ……「役たたず」っぽくみせてはいるけど実はとても「強い」という人ばかり。

庵野なんか、女に興味ありません的なことをいいながら、松尾さんに同行していた編集のセオという女性にセクハラ発言しまっくていて、「大丈夫だろう」みたいな計算を裏に感じるんですが、要するにしたたか。天久は天久で、外見もかっこいいし、何だか女性にモテそうで、その点に余裕があるような気がする。根本敬に至っては変な人たちを面白がって観察してるけど、でも自分自身は変な人にはならず、あくまでも普通に生きていたいという方向性を打ち出し、実践している点でかなり「強い」。唯一、鶴見済は、自己破滅的というか、無頼派的というか、放っとくとマジでのたれ死にしそうなオーラを発していますが、しかし彼にしても何だか喧嘩が強そうなので、やっぱり「弱い」人ではない気がします。

印象に残ったのは、根本敬が自分の奥さんのことをあまり話したがらないのに対して、松尾スズキは自分の女性関係を積極的にさらそうとする点。特に7年間同棲していた女性のお話は非常に悲惨で笑えないけど面白いというものですが、松尾スズキはとにかく、自分の「弱い」ところをみせびらかすようにさらしていきます。さらしていながら、「不幸自慢」のようにはなっておらず、ただただ松尾スズキは「弱い」という気がする。そこが素晴らしい。松尾スズキは確かに「弱い」人だ。そして、「弱い」がゆえに成功したというタイプ。だから、松尾スズキのお話自体はとても面白い。

で、私としては、やはり「弱い」人のお話、「この人、有名だけど何だかめちゃめちゃ弱いよ?」という人のお話こそ面白いので、是非是非そういうインタビュー集を読んでみたいです。「弱い」人、たとえば……田代まさしなんていいかも?

いってみれば、本当は強かったという「第三の役たたず」ではなく、実はとても弱かったという「第四の役たたず」のお話を読んでみたいですね。基本的に、強い人よりは弱い人の話の方が面白いと思うんですよ。強い人って、強くて、結局成功につながるお話が出てくるし、乾いた感じがして面白くないじゃんという。みなさんはどう思うでしょう?