黎明の王 白昼の女王

黎明の王 白昼の女王 (ハヤカワ文庫FT)

黎明の王 白昼の女王 (ハヤカワ文庫FT)


『火星夜想曲』がすごく面白かったので、イアン・マクドナルドの作品をもっと読もうと思い購入。しかし文庫で千円越えるなんて高いなあ。

第1部、第2部は文句なしで面白く、第3部は面白かったんですがちょっと「普通」の小説という感じでものたりなかったです。しかし、作品全体としては、完成度がとてつもなく高い。第1部、第2部、第3部、それぞれ違うタイプの主人公、違った文体、違った雰囲気で構成しているのがすごい。作者の力量をみせつけられる思いです。

第1部の主人公は、ちょっと閉じられた環境で育ったお嬢様です。日記や書簡を次々に並べていく仕方で書かれています。主人公をとりまく人々は、どこまでも上品な言葉づかいで、とっても上流階級です。第2部の主人公は、裕福な家庭で育ったけれど、毒舌を好み、下品な悪口を連発する女性。口は悪いけど、意外に内向的なところがあり、イラストレーターを志望しています。第1部の主人公とあまりに話し方が違うのでびっくりすること間違いなし。実は第1部主人公の娘だったとわかったときも、本当にびっくりしました。

第3部の主人公は、広告会社で働く現代のキャリアウーマン。第1部、第2部の主人公と違い、既に男性を知っていて、恋人がいます。また、剣道を習っていて、自分に襲いかかるファーガスたちに対して、「狩られる前に狩る」と反撃を始めるのがすごい。特に気が強いわけではないのですが、キャリアウーマンらしく、性格は非常にしっかりしています。そう簡単にはめげないようです。両刀を構えて敵を切り刻んでいく様は、実に軽快なアクションとして描写されています。そう、第3部は映画化を狙ってるのでは?と思えるほどアクションシーンが豊富。面白いけど、とっても普通の小説。特にラストが、ハッピーエンドなのはいいんですが、第1部、第2部を読んでいたときは想像もしなかったようなさわやかな終わり方で、違和感を覚えました。

全体を通じて、ファンタジーというよりはホラーといった方がいいでしょうか。幻想的な光景の描写には美しさと同時におどろおどろしさがあり。第3部はアクションたっぷりのホラー映画。

第3部、主人公と前彼との間に子供ができてしまうのですが、主人公はそのことを前彼に告げず、イマ彼のところに行きます。「あなたの子供じゃないけど、妊娠してるの」そういわれてイマ彼はびっくりしてしまいますが、考えこんだ挙げ句「父親が扶養義務を放棄したなら俺が育てよう」と、子供の存在を受け入れてしまいます。(個人的に、このときのイマ彼はちょっとかっこよかったです。「漢」を感じさせましたね)しかし、本当の父親は扶養義務を放棄したわけではなく、そもそも子供の存在を知らされていないという。この辺、主人公の心理がよくわからなかったです。ちゃっかりしてるようにも思えるし、イマ彼との間の子供ではないと告げるところは正直だと思うし。結局主人公はイマ彼と一緒に暮らし始め、全ての問題が解決に向かい、ハッピーエンドとなるわけですが。先ほども書いたとおり、あまりにもさわやかな終わり方なのでびっくりしますね。第1部、第2部は何だったんだという。

第1部、第2部は個人的には本当に面白かったです。霊感を感じさせるというか、読んでいて、この世の何かを言い当てるような気迫に満ちていて、ゾクゾクさせます。しかしこの小説は神秘主義ではなく、あくまでもフィクションとして書こうとしており、作中に描写される不思議な現象の全てが、いろいろ理屈づけられてしまいます。この、全てを理屈づけてしまうところが、「これはファンタジーではなくSFだ」という人も出てくる原因になってしまうんでしょうね。もちろん、科学的な理屈づけではないのですが、とにかく理屈づけようとする。ちゃんと仕組みをつくっておかないとダメだ、といわんばかりに。

さて、この作品最大の魅力は、私は文章にあると思います。イアン・マクドナルドの文章は本当に素晴らしい。先ほども書いたように、違った文体を見事に使いわける力量もすごいですが、言葉の組み合わせが魔術的な効果を生み、小説というよりは詩のようです。乾いた感じはせず、どこまでもしっとりとした、潤いのある、美しい文章。第2部の、毒舌ばかりの少女を描写する部分も、とても丁寧に描いてあって、少女の意外な内面を思わせる書き方のおかげで、読者は少女に対して嫌悪感を抱かないという。あまりにも、うまい。一流を越えた超一流、スペシャルです。

あまりに文章が素晴らしいので、つい味わうように読んでしまい、いつもよりも読み終わるのに時間がかかってしまいました。異論はあると思いますが、イアン・マクドナルドの最大の魅力は文章にあると私は思いますね。文章が、文体が、作品に不思議な彩りを与えてしまう。マジック・リアリズムの秘密もあの文章にあるのかもしれません。